キューバ

 

 

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 キ ュ ー バ 縦 断

 1956年  カストロがチェ・ゲバラたち同志と キューバに上陸し、ついに 1959年に 革命政権が樹立されました

 そして 1961年のアメリカとの国交断絶を経て 独自の社会主義を貫いてきたキューバ

 ようやく 米国 キューバの国交正常化がすすめられているキューバを 縦断してきました。

 極度の経済封鎖に耐えて 貧しいながらも 明るい国民性を感じる 不思議な国です。

 基本的な 衣食住の費用は すべて国家支給  

 例えば 住居は無償支給  電気、ガスなどの光熱費は 一定量まで無料  教育費は 大学まで無償

 医療費も無料  電気製品なども 一定期限ごとに 無償支給 ・・・・・ともかく 生きていくだけなら 

 タダだそうです。 観光客の増大など 自由経済が浸透し始め 社会主義体制に対する問題意識ははっきり存在する

 そうですが カストロ兄弟たち 私欲の感じられない指導層に対する信頼感は 大変なものと 感じました。

 今後 大きな変化が予想されますが  独特な世界を体験できました。

 現地人向けペソと 観光客向け兌換ペソ 2種類の通貨が存在し 現地の人たちの向けは圧倒的に廉価になっています 

 

  外人向けホテルは 大半が 昔のアメリカ資本だった建物

  夜間は 電気不足のせいか 町中dも薄暗いが

 観光業には 力を注いでいる 

 

 

 独特な丘の風景

 主要産業である 葉タバコの収納倉庫

 

 

  皇帝ヤシ

  島内に存在する インディオ鍾乳洞へのボートツアー

 

  ベッドメーキング

  国内は意外に広く 列車が不便なため

 飛行機の利用が 便利

 やはり ロシア製の アントノフが利用されていた

 

 

  ちなみに 飛行機の国外線は 

 アメリカの航空会社を利用出来ないため

 カナダ経由のカナダ航空 か メキシコ航空が便利

  街中で まずびっくりするのは  自動車類

 米国の経済封鎖で輸入出来なかったため 60年以上経った車が

 ごく普通に 走り回っており 自由主義諸国の車は ほとんど

 見れない。

 庶民用のバスなどは 外人観光客用の 中国製中古車以外では

 中古のトラックに荷台を載せ ベンチを積んだだけの 窓も無い

 ものが大半

 

 

  耐久性のせいか アメ車が大半で 

  まるでビンテージカーのオンパレード

 

  キューバのクラシックカー ページをご覧ください

  建物のカラーリングも いかにも キューバ

 

 

  下町の家並みも なんとなくエキゾチック

 革命戦争の発火点となった モンカダ兵営

 当時の銃撃戦の弾痕が 無数に残って 保存されている

 

 

  階段の多い島だ 

  島のあちこちに 海岸線からの侵略に備えた

 モロ要塞のような砦が 設置してある 

 

 

  島一番の神聖な場所とされる

 コブレ教会

  キューバ音楽 「ソン」 を演奏するメンバー 

 

 

  旧市街で一般的な ビシ・タクシー (自転車タクシー)

  街中のいたるところで 客待ちしています

 

 

 

 

  外人用ホテルは パティオ(中庭)を囲んだお洒落な造り

 

 

 

   ホテルのバーでは お決まりの モヒート・・・・

  首都ハバナ ですが 一本通路を外れると

 夜間は ほとんど電燈が見えない

 徹底的に 電力不足でしょう

 

 

 

  

 

 

 

  たまたま遭遇した スコール

 遠くに見えた竜巻が あっという間に 接近してきます

  チェ・ゲバラ  !! 記念館

 カストロ 兄弟など 今でも生きて人間は 偶像崇拝しないため

 どこへ行っても ゲバラの像が 圧倒的に多い

 

 

  革命戦争末期に 大戦果を納めた

  装甲列車襲撃の地に保存された戦争跡

  アル・カポネの別荘が レストランとして 営業していた

 

 

   別荘 兼 ウィスキーの保存場所として使われていた

  カポネの写真などが陳列されている

  砂浜のあちこちに 小規模な 石油掘削用の井戸が並んでいる

 

 

  ヘミングウェイが良く利用したレストラン

 「 ラ・テラサ 」

 海沿いのこのコーナーが 彼の指定席だった

  ヘミングウェイは革命後 アメリカに帰ったが

  キューバへ 立ち寄った際 カストロと写真を撮っている

 

 

  ヘミングウェイの 自宅

  彼の愛艇 

 予想外に小さい

 

 

  ハバナ の 夜景

  一部のビル以外は 光量が乏しい

  街中の商業ビルは 革命後に 市民に分割されたため

 洗濯物などが 乱雑に干してあったするて

 

 

 

   旧富裕層の住宅も 分割して市民が住んでいたりする

 

 

  道路では 古書や 雑貨が売られているが

 石畳ではなく 木片で 舗装している

  ヘミングウェイの 行きつけの酒場

 

 

  無料の義務教育が徹底されており 学力水準は極めて高い

 高学歴が多数

  

 

 

 ハバナの街を 海からの侵略に対して守る モロ要塞

  アルゼンチン人だった ゲバラ が愛用した

 マテ茶の カップ

 

 

 

 

 

 

  首都ハバナの 夜間

 ほぼ 中心地の目抜き通り

 

 

 

  旧アメリカ資本で作られ 

 観光用に利用されているリソートホテルちして

 

 

 

 

 

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